先史文明の宗教書と神話に残されている善と悪との争いと未来について7 2月5日

 彼らの意志として、ファティマ第3の預言、誠の一厘、どんでん返しと大逆転に強調が多いのも、自分達の願いというか作戦の上手く進んだことを明確にしたい部分でしょう。
 もう一つ彼らには主張があり、自分達の作戦が途中で悪魔のちょんぼで終わらずに、最後まで導けることに自信があったとなるでしょう。誠の一厘は未来が願い通りの場合の最後であり、今で言うならウクライナで核が使われて、それを止める為にワシントンとニューヨークだけでなく、世界中で大地震を起こさざるを得なくなると言う、失敗に当たるような物を意図的に回避してきたはずだとも、感じざるを得ないのでした。ここにあるのは実力の差です。これを実に適切に隠せているのでした。
 味方にここまで騙されるのは非常に情けないのですが、分かっていた事として、争いの歴史を知らないで未来を語れないという現実を思い知らされているのでした。本当に詳しく知りたい過去が約6万年分もあるのですが、これ以上に知りたい歴史があって、アンドロメダ銀河で滅んだ理由になるのでした。悪魔をどうやって騙すのかを、この情報があるともう少し詳しく理解出来るのでした。
 今回の勝利でまだ分からない部分が、6万年前と3万年前に善の側に騙されただけで、その続きでも騙されて、負けてあの世に追放されるほどのリスクを悪魔達が取る部分です。
 歴史にある争いにおける勝つための騙し合いなら、2度や3度騙されたくらいでは、決定的な負けを誘えないのです。敵も騙されることを恐れるので、簡単ではないのでした。
 今回の争いでは、双方が相手の未来の計画を見ることが可能な中で負けるのです。ここは人間にはこの種の経験の蓄積をゼロにされている部分なので、本質的な判断を出来なくされているのですが、善の側には明確に勝てる理由があったはずだとなるのでした。味方の人間はこれを知らされることなく、今回の勝利でしょう。本来ならこん畜生やあ~あと嘆く場面ですが、結果の現実として、う~んとうなる、まあこんな物でしょう。
記事中の転載ここまで

 私達には神とは何であるかという知識がほとんどないので、宗教に出て来る神を信じて、あたかも万能・全知全能な存在として考えてしまうのでした。
 実際の神とは、人間の神を名乗る存在なら、私達の御先祖様の集合体が神を名乗るのであり、多次元知性の集合体という表現が相応しいでしょう。あの世のマシューさんの命名です。人間の魂の集合体で万能・全知全能になどなれる訳がないのでした。
 この御先祖様の集合体こそが現実を未来の計画に従い動かすのですが、善と悪とに別れているし、争いもあるのでその姿が隠されてきていたのでした。
 人間のリーダー的に争いに勝つことを素晴らしいと考える人も、今後たくさん出て来るでしょうが、過去の神と人間の失敗に、争いの結果に責任を取るしかないからこその苦しみなのでした。導きは勝って当たり前で、過去の自分達の失敗に責任を取ることがどれほど大変かを残したいのでしょう。
 文明を2回も滅ぼし、惑星も一つ破壊して、嘘の九分九厘の生け贄劇場の中で、同胞の死を悼みながらの最後の争いになるのでした。
 こちらの苦痛のHP維持費や電気代で悪魔が釣れることなど、実際にはないのですが、この状況を見て悪魔達が悔しがる部分が重要であり、悪魔達を思いっきり辱めて人霊達が喜ぶのでした。その結果で悪魔達の復活への情熱がどんどん冷めるのであり、再起など考えるなの領域まで追い込みたいのだと思うのでした。味方の嘘つきのクズっぷりもまあ見事な物でしょう。ホントのクズと変わらないのでした。
 人間を犠牲にして平気で恥じないのであり、考えているのは争いの勝負の結果だけであって、勝てば官軍その物の横柄さを当然だと考えているのでした。これで人間性を語る神になどなれる訳がないのでした。
 引用した記事を書いた頃は、まだ教えられていなかったアンドロメダ銀河の過去があり、今ではその姿が、2000年前のローマとカルタゴであったと理解したところです。
 ローマは今でも悪魔達の本拠地であり、イエスの隣人愛の教えを悪魔の教えに変えている場所です。アンドロメダ銀河でもローマとカルタゴという2つの星に別れていて、地球とは異なり、互いにあまり干渉しない世界だったのかと思えています。
 当時完成した遺伝子で、善と悪とが分かれて住む世界を宇宙に広げたかった様子ですが、悪魔達は善の側に寄生するのが基本なので、自己の利益の為に善の側に取り憑きその文明を崩壊させて利益に変えたのでしょう。この崩壊を自然が手助けしたので、善の側は人間も霊も戸惑ったのでした。
 自然は善と悪が分かれて住む世界が続かないことを教えたのであり、これが現実化して未来を失ったのでした。自然こそこの被害を受けるので自衛的な動きであったと思っています。自然が体を張って善の側を守っても、結局は悪魔達に破壊されて、永続する世界にならないと教えたのでした。

 悪魔達が力を持っている最大の理由とは、善の側の半身が悪魔を使って、自己の利益を求める悪魔もどきだからです。彼らは力が正義という価値観に溺れているので、勝てば官軍で何をやっても誰にも文句を言われない存在になれていたのでした。この卑怯な神を名乗る者達こそが、私達人間の本当の主敵なのでした。
 面倒くさいヤツらを敵に抱えていることまではご理解を頂けるでしょう。この条件下で悪魔達をこの世から排除するために、多くの人たちの命を悪魔の利益に差し出して、神を名乗る半身の悪魔もどきと、陰では悪魔を名乗るヤハウエの一派の悪魔を、この世界から排除する方法を考えていたのでした。
 これが実を結んで今があるのです。神を名乗る半身の悪魔もどき達には更生の道を強制することしか出来ませんでしたが、悪事を喜ぶだけのヤハウエの一派はあの世に封印される結果になるのでした。神を名乗る半身の悪魔もどき達が更生の道を拒否するなら、ヤハウエに合流して再起を期せとなるのでした。
 アンドロメダのカルタゴにおいては、悪魔達の影響が出来る限りで排除されて、悪魔達に不当に利益を搾取されること、不当に殺されることなどが非常に少なく管理されていたのではないかと思います。悪を嫌うので正義が世界に分かりやすく実現出来ていたのではないかと思います。
 悪魔達が成し遂げたのは、文明のサイクルの最後に文明その物を滅ぼすことです。太陽系と同じく太陽の伴星が存在していたはずなので、この伴星からのプラズマ電流を利用して、惑星その物を破壊されたのでしょう。普通に起きないはずですが、ここで自然が協力した部分で、予想外の動きで当時の未来を失ったのでしょう。
 この地では当時とは真逆の姿を演じていると思われ、6万年前の惑星ティアマトの破壊は、自分達で望んで起こさせているのでした。悪魔達を喜ばせて騙すためです。続きで3万年前にも地球の文明を破壊させており、悪魔達に力があることを、見せかけではあるのですが、自己満足させていたのでした。
 この2回で自分達が騙されている部分への警戒が薄れる部分は、アンドロメダ銀河の経験に裏打ちされていたでしょう。守りが強いはずなのに、内部から崩れて未来を失う姿を善の側に演出され、その真意を見抜くことが出来なかったのでしょう。
 悪魔達はたった2回の失敗に騙されたのではなくて、アンドロメダ銀河から続く、人間の繰り返す失敗の姿に騙されていたのでした。奢れる者達なので、自分達の力に溺れて善の側の隠した力が見えなかった可能性が高そうです。まもなくですがこの真実も知る時が来るのでした。

 もう一つ重要なテーマがあるので続きです。自然との共生を重視する価値観を育てられなかった過去の姿です。人間の肉体は時の流れと共に変化する自然の中では、自然の協力なくして変化に対処出来ず、肉体を維持出来ずに失う結果にしかならないのでした。共生こそが永続するこの世界の平和であり肉体の維持であって、我欲の悪魔は排除するしかないのでした。

神の概念も教えたかった昨日のあの世の導き 2月19日
http://www.biblecode.jp/News_View.php?@DB_ID@=2806

**2016年1月1日 元旦朝日の祈りより伝えられました言葉**

命の尊さ 命の大切さ 
人々が この世に 命ある者として 
人として 生まれて来たからには
この星の一部であり この星と共にあり 生きゆくその時間 生きゆくその時の流れを 歩みゆき
多くの生きとし生けるものと共に 自らの内 外 調和を果たし 歩み続けられるように
人々がその恩恵を忘れ この地上より足元離れた時 
戦 争いは再び 大きなものへと 転じゆくこととなるであろう
人々は この星の子であり この星と共に歩みゆく存在である
それは 地球上に在りし全ての生きとし生けるものが皆 同じである
共に住ゆく 命達と 善き環境を 善き流れを 共に分かち合うためにも
行動出来ゆく 人間達が 生きとし生けるもの達のことを考え 最善を計らい 最善の道へと 共に歩みゆかなければならない
それが この星に生まれ 人間として生まれた 役目役割でありゆこう
多くの 生きとし生けるもの達と共に そこには 国や 宗教 人種 性別 年齢
それら全ての枠を超え 人間という その枠の中にて 調和し 歩みゆくことも 含まれ
支え合うことも 含まれている
人間が この星を立て直しゆき 人間が この星を 調和と 導くことが出来よう
自然界もまた 支えゆくが 人々の 人間達の 共の協力 支え合いから 
人々の道が 切り開きゆかれるのである
人間達よ 地球人として 誇りある 行動を 
地球人として 支え合い この星を守り
この星を この星の命達を守り 進めるよう 未来を 創れるように
全ての命達の 家 巣 それはこの星であり この星にて 生きてゆくものになる
命達と共にあることを 決して忘れることなきように
命達にて 支えられていることを 忘れることなきように
地球人として 誇りある行動を 地球を守り 命を守り 生きとし生けるもの 人々をも守り
地球の上に生きゆく 一つの命として この星を守り 育み 慈しむこと 出来るように
その心が 再び 湧き上がり 生まれ帰り
新たなる精神にて 地球人としての 歩みを進めるように
人々が 忘れかけている道を 人々により 思い出すこと出来るように
人々が今 守らねばならぬのは この星であり
巡り巡っての それは自分達 子々孫々の 命であるということを 気付けるように
願い続け 伝え続け 誘い続け 導き続けよう
命達の根本が どこにあるのか 決して忘れることがなはように
この星を 整えること 守ること 命が 生まれ続けゆく 緑あふれる 循環の流れの整う この星を 守り続けることが出来なければ
例えどの星に移ったとしても 同じ事を繰り返しゆく
何よりも ここまで 同じ事を 繰り返し続けて来たからである
二度と 同じ過ちを繰り返してはいけない
どこに行こうとも 今のままでは 何も変わることは出来ない
地球と 同じ環境を 例え見つけたとしても 同じ過ちを繰り返し続けることになる
この星を この 今ある 生きているこの星を 支え 立直すことが出来なければ
どの様に 同じ様に 似せて創ったとしても 同じ過ちを人々は 繰り返しゆく
人としての主張と 人としての固まった精神である限り 同じ過ちを繰り返し続けよう
地球人としての この星にあってこその目覚めと 
この星に生きてこその目覚めを 迎えることが出来なければ 
人間はどこに移動しても 変わることは出来ない
今この星にて この星を守り 再び 緑あふれる 自然豊かな 共存出来ゆく 星にさせることが出来なければ
自然を食い尽くし 資源を食い尽くし 全てを吸い尽くし
また 一つの星を ミイラのようにし 別な星を捜すことになるであろう
この様な星は そうあるものではない
この様な星は そう創れるようなものではない
計算され 奇跡の連続にて 成り立ちきた この地球を 守ることが出来なければ
人間達は いつになっても 変わることは出来ない
気付けるその魂を 自らでしっかりと目覚めさせよ
生きとし生けるものとの共存を しっかりと目覚めさせよ
未来を続けゆくためにも 戦 争いとゆう 暴力や 殺戮ではない道を選べ
それを選ぶことが出来なければ どの様な星に移ったとしても 同じ事の繰り返しである
変わることは出来ない
今ここで変わることが出来なければ 人間達は 同じ過ちを繰り返し続ける
地球に ここで生きることが出来ないからと 宇宙を探索し 探したとしても 同じ事を繰り返しゆく
何故ならばそれは 精神と意識が 成長していないからである
育っていないからである 芽吹いてもおらず 
その様な状況にて 新しき所に移ったとしても 同じ過ちを繰り返すだけである
ここにて 変わりゆくことが叶わなければ
ここにて 理解をすることが出来なければ
皆 同じことの繰り返しになろう
この星を守りゆくこと
循環の流れを 整わせ 最後の楽園を 育てゆかれよ
この星を再び 循環の整う 清らかな星へと 
そしてその星の循環に 人間達の生きゆく環境が上手く順応し 
人間達もまた 地球人として 成長しているその星 それを現実のものと 引き寄せられよ

**以上**

 ここまで進んでこの中にある、力が正義の表現こそが問題であったと、やっと気づけたのでした。最後の部分を強調したい部分としてもう一度載せます。

気付けるその魂を 自らでしっかりと目覚めさせよ
生きとし生けるものとの共存を しっかりと目覚めさせよ
未来を続けゆくためにも 戦 争いとゆう 暴力や 殺戮ではない道を選べ
それを選ぶことが出来なければ どの様な星に移ったとしても 同じ事の繰り返しである
変わることは出来ない

 「未来を続けゆくためにも 戦 争いとゆう 暴力や 殺戮ではない道を選べ」の部分に注目すると、これまで文明を崩壊させ続けてきた過去の姿が浮かび上がるのでした。
 科学の力があるので、敵を破壊する事は簡単です。守ることははるかに難しいのでした。これがあるので、争っては相手を滅ぼし、その後に復讐で自分達も滅ぼされるという姿を、恐らく非常に長いこと繰り返し続けたのでしょう。
 今回の争いで、地球を破壊させないために、先史文明の科学を手放して争っている理由もこの部分に重なるのであり、地球の破壊を止めたかったのでした。

 長い話にならないように、解析結果を箇条書きで説明します。

1、あの世における神の定義とは、この世の物や生き物を支配する能力を持つ者を指す。

2、人間として成長したら霊の集団としての神に加われる様子ですが、神という統一した基準があるとは思えない。神とは1、の支配こそが、他者との違いになる。

3、今回の争いでは、神を名乗る悪魔であるヤハウエ神は、この世の支配下の人間を失うので、神ではなくなり邪霊の類いに落ちる。他の霊達はヤハウエを神とは見なさなくなる。

4、自然の神は、星や生き物を支配して、人間は支配しない。人間の神は人間を支配しそれだけになる。双方膨大ならせんの力を使えるので、一時的に人間の神が地震を起こしたりも出来るが、普通は大きな事は出来ない。自然に逆らう大地震は起こせないという意味です。

5、自然の神は命の循環と食物連鎖を適切に扱うことで、自然の命を億年単位で永続することが出来る。十億年単位になると、環境の大きな崩壊が必要になり、生命の大絶滅が起きることが多くある。

6、これに対して人間はもっと短い単位で文明を崩壊させて、星をも破壊してしまう。アンドロメダ銀河で命を育む星を2つ破壊して、1358万年以上が過ぎてまた、惑星ティアマトを破壊している。1358万年は遺伝子の安定度テストなので、これを抜くと数万年で文明を崩壊させて、星まで破壊すると言える。

7、自然は人間を自然の循環に取り込むことで、科学技術で十億年単位の生命の大絶滅を止める事を希望している。これは人間の遺伝子を永続させるためでもあるが、そういった場所を産み出して、新しい進化の道を進むことを望んでいるように見える。

8、人間として他者を滅ぼす今のあり方を止めない限り、自然と共に十億年単位を生きることは出来ない。これが可能にならないと自然としては人間とは共存出来ないという事になる。力が正義を手放して他者との協力を模索する必要がある。他に永続する道はない。

9、自然は強者から弱者までの様々な存在を抱えてきたので、どうすれば食物連鎖の中で命の循環を永遠に保てるか、長い経験に支えられている。これと比較すると人間は人間だけ突出した能力を持つので、自然を破壊しても何も感じることはなく、新しい星を求めて来たのかも知れない。ここに人間は強者から弱者までの共存を学べていない部分が重なるのである。強者総取りの力が正義で、この世界を生きて来たのだと思われる。他者への思いやりの感情は、自然の方が深い物を身につけており、人間との間に差があるので、紹介した掲示で諭されるのである。

10、その結果で人間はこの世で永続する肉体を持てなくなる所まで、肉体を持つ生命として劣化したのであり、絶滅する前に自然に協力を求めて今があると思われる。

11、永続を考える人間は自然に協力を求めているのに、力が正義の古き悪しき価値観の者達は、永続を考える人間達に文明を作り上げさせては、それを崩壊に導き自分達が繰り返し利益を上げる世界を望んだ。これがミロク大神様の半身の悪魔使いと、神を名乗る悪魔であるヤハウエの姿である。

12、古い神とは、ギリシャ神話のゼウスやヘラ、北欧の神話のラグナロクを導く者達でしょう。文明と世界の崩壊と再生を望み、自己の利益に溺れる者であって、弱者を踏みにじるのでした。今の価値観ならゼウスやヘラの行為は牢屋で償えです。この先は民主的に他者を尊重し、強者から弱者までの共存を可能にするのでした。

13、神とはこの世の「物」を支配する能力の持ち主であり、慈悲深いとか、高次元だとかは意味がないのでした。賢いも何もなくて、その力でこの世の物を支配する能力を持つことです。私達は宗教書に書かれた全知全能的な存在を神だと考えるのですが、現実的な神を名乗る者とは、宗教の神にはほど遠いと言えるでしょう。思いやりもクソもなくて、ただただまずは力だったのでした。そしてここから「力が正義」が生まれたのでした。
 不遜を承知の上で、神とは死んだ奴らの集団だと書いてきていますが、これで正体なのであり半分くらいが他者との共存を求め、残りが「力が正義」でミロク大神様を始めとした民族の神々の中身の姿でしょう。

14、「力が正義」のこれだけをこの世とあの世でかざすと、文明も環境も破壊するのみなのでした。戦 争いとゆう 暴力や 殺戮ではない道を選ばないと、命の循環を平和で永続した物にする事が出来ないので、今ここで「力が正義」の古き悪しき者達が、他者との共存が出来る様に変わる所なのでした。

15、あの世には、現在のすさんだと書けるこの世に来る勇気のない魂がたくさん居ると思われます。加えて多くはあの世の「力が正義」の中で楽しく存在しているという状況ではないのでしょう。前記事の結論で書いたように、これから宇宙に民主的な共存の価値観を広げることで、あの世にもそれを取り込んで、あの世側でも多くの存在達が、楽しめる社会を求めているのではないかと思います。

 神とは宗教書にでっち上げられている存在でもあり、その本質など先史文明時代の科学と歴史を取り戻さないと、深い正確な理解にはならないでしょう。それでも概要を教えたいらしくてこの記事となりました。この部分は後でまとめる生きる哲学にも必要になるので書かせているのだと思います。この世の姿を知る上で避けて通れなかったのでしょう。
この記事の転載ここまで

 この話にはこの記事向けの続きがあるのです。これを書かせたかったのが、こん畜生な、神を名乗る存在達でしょう。自分達の反省なのに、人間を使うのでした。こう批判しても現時点では仕方なしであり、ジェド柱完成後には自分の口から反省を告げよです。
 私達人間にも、ここで諭された「未来を続けゆくためにも 戦 争いとゆう 暴力や 殺戮ではない道を選べ」に相当する共生を重視する概念がまだ経験として持てていないのです。その続きで、これがなくて神を名乗るかというレベルでしょう。
 あえて自分も含めて連中と書くのですが、共生という未知の物を求めることまでは出来ていて、これを未来の計画表に書いて、求める目標に出来ています。しかしながらこれは絵に描いた餅であり、これを現実化して、たくさんの人々がこれを現実として学び、その結果をあの世に持ち帰って、神を名乗る存在の経験にするからこそ、これが身になり今後の未来をその方向性に導くのでした。
 これでお分かり頂けるでしょう。今の神には自然との共生を現実化して行く意志はあれども経験などないのであり、この世の私達人間が自然と共に学んだ物を、私達の死後に自分達の経験に加えるしかないのでした。これで私達人間に対して全知全能を偽装する神を演じるなど、お笑いの世界なのでした。
 繰り返し書くように、私達人間はあの世に置いてきた歴史と経験、科学と倫理を取り戻さない限りは、神を名乗る存在に経験不足で馬鹿にされる存在です。ここでは現実的にも無知を馬鹿にされるからこそ、悪魔を辱める為と称して連中が喜ぶ嫌がらせを繰り返し繰り返し、強制されながらも、連中を適切に批判することが出来なかったのでした。非常に悔しい思いでここに立つのです。
 神の持たない共生の経験は、これから私達が作り上げるものであり、分かりにくくてすみませんが、自然との共生において畜産が変化して、牛豚鳥の肉食が減る部分を私達が体験することで、自然との共生を学ぶ部分が重要なのでしょう。個人個人が、自然との共生のために、彼らの生きる尊厳である子育てを守り尊重することを学ぶのです。この結果でどこまで自然との共生が上手く行くのかは、結果で語る部分でしょう。
 ここではその結果を楽観的に見ており、自然と共に宇宙に広がり、生きる命の喜びをどんどんこの世界に広げて、様々な魂達の喜びの循環を、どんどん広げられると考えているのでした。
 この記事の基本に戻ります。2つほどを強調しておきたいのでした。

1)ミロク大神様が口にする、この世を正す誠がたった一厘しかないなら、残りの九分九厘はどうしようもない「クズな神の嘘」で出来ていて、現実的にも神を名乗って人間を騙す、生け贄劇場だったのでした。私達人間は生け贄になることで悪魔を騙して、勝利をつかむのであり、誠の一厘の作戦など、智慧よりも苦しみに満ちた、人間達の生け贄で成り立っている現実が隠されているのでした。神の人間を犠牲にした綺麗事など、聞きたくないと書けるのです。
 神を御先祖様としてたたえることも必要ですが、私達人間が、特に普通の人としてですが、苦しむ死を未来の計画として受け入れて悪魔を誘導してきた現実こそ、善と悪との争いに勝利を導く部分を明確にしたいのでした。
 悪魔達が目先の利益に溺れているので、利益で誘導される部分を、命を失う苦しみで、その悲しみの中で私達人間が勝利に向けて導いてきたのでした。この中で神は苦しみから生み出されるらせんの力の利益に溺れ、これを喜びとしてきたのでした。神とはこの世から利益を集める定めなので、利益に溺れた自分を反省することが難しく、利益に溺れて人間を犠牲にしてきた過去のアンドロメダ銀河の姿だったでしょう。

2)今の神を名乗る民族の御先祖様の存在達に、「未来を続けゆくためにも 戦 争いとゆう 暴力や 殺戮ではない道を選べ」と言う批判が自然から向けられていたのであり、彼らにはこれが出来ていなくて、アンドロメダ銀河でのとある星で未来を失っているのでした。この責任をきちんと取りましょう。それは悪魔達に勝利することだけではないのであり、自然との共生を達成することなのでした。
 これはこれから私達が現実化する部分であり、自然との共生において畜産が変化して、牛豚鳥の肉食が減る部分を私達が体験することで、自然との共生を学ぶ部分が重要なのです。今の神にはない価値観であり、この世の大多数である人間の私達が体験してあの世に持ち帰るべき、重要な変化でしょう。この結果で恐らく自然との綺麗事ではない共生を達成出来て、これを宇宙に広げられる目処が立つのでしょう。
 今の神の中身とは、アンドロメダ銀河で未来を失った価値観で出来ているのであり、これを信じても虚しいのでした。その続きで未来を求める願いこそが神の中にもあるのですが、利益に溺れる神よりも、人間こそが自分の生きる地である未来を守りたいのでした。

 私達は過去の失敗に向き合って、新しい未来の現実に向き合う時を迎えているのです。今まで出来ていなかった、「未来を続けゆくためにも 戦 争いとゆう 暴力や 殺戮ではない道を選べ」という未来に進めるのでした。
 ウソで出来た、人間達の生け贄劇場こそ今を導くのであり、私達は過去に向き合って現実の姿を考える時でしょう。
転載ここまで

 この記事の1ページ目から一部を抜粋して続けます。2025年11月の記事です。

9日07時15分ころ、地震がありました。
震源地は、三陸沖(北緯39.5度、東経143.5度)で、震源の深さは約10km、地震の規模(マグニチュード)は5.8と推定されます。
どうやら悪魔の地震

船橋事務所
522.4km、=2x2612x
 2612xは12月2日以降
20566666インチ
 2056年6月の富士山の大噴火こそ666の悪魔の正しい使い方だという意味
 205で202511095、これだとやって見せろになる。
 205、建設者、ビーバー、隙間、地下墓地、名付けられる、
571300ヤード
語呂で来ないさ
324.6マイル
324、綾瀬氏の誕生日
60、悪魔

8に続く

稲生雅之
イオン・アルゲイン