
先史文明時代のエジプトにおいて、ギザの大ピラミッドが霊界体験館で、ジェド柱霊界ラジオが霊と会話をする道具でした。政治の節目でしか使われないラジオでしたが、エジプト文明を支えていた部分は死者の書に書かれるとおりでしょう。
これと比較する日本ですが、大規模な古墳が霊界体験館として使えていた部分を技術として解説していました。そして霊を利用するならジェド柱霊界ラジオの代わりになる物が必要ですが、この部分には明確な答えを出せずにいた所です。
エジプトで使われていた椀状石の使い方が判明したことで、現代技術を使いますが、霊界体験館をそれなりに低価格で普及させられる部分に技術的な目処が立っています。ここまで進むとジェド柱霊界ラジオの代わりについても検討しないと、当時の霊の利用が実際にどの様な物だったのかを理解出来ないでしょう。
大きな古墳の石室は恐らく大半が霊界体験館だったでしょう。この関連を再検討することで、当時の霊体験の姿を検討してみました。結果には驚かされています。まずまとめです。
1)大型の古墳に設置されている円筒埴輪は、霊界体験館として使われる時に、石室の振動に合わせで地震動が起こされて、音を出す楽器的に使われていた。普通の円筒埴輪が低音で朝顔型埴輪が中音になると思います。
2)円筒埴輪の中には顔が描かれている物があり、これがジェド柱に目を描かれた姿を思わせた。物理は難しくなるが、後で解説します。巫女さんが円筒埴輪を抱きかかえると、ホラ貝の音を聞く時に、あの世の声を聞きやすくする効果を持つ。ホラ貝と円筒埴輪と巫女さんの組み合わせで、当時はあの世の声が聴けていた。
3)くりぬき式の石棺が使われることも多くて、霊界体験時の失神時の失禁に対応している。これはギザの大ピラミッドの王の間の石棺と同じになる。
日本の物は水洗いして底に空けた穴から排水出来る物もあり、清潔に使うことと、石室その物に排水施設がある物も多く、お墓と言うよりも利用する空間であると思わせている。
4)4935年前に霊界体験館を封印したので、霊界体験館+ホラ貝と円筒埴輪と巫女さんの組み合わせが使えなくなった。以後はこの時期から広がった中空土偶で代用されており、ホラ貝と中空土偶と巫女さんの組み合わせになったと思われる。ホラ貝の音を聞いて巫女さんがお告げをするのはその名残でしょう。
以下順番に解説します。
まずはホツマツタエです。イザナギの命が死したイサナミの命に会いに行く話がホツマツタエにもあるのでした。
ホツマツタエ御機の五 6番目イサナギの悪夢~「君これ な見そ」なお聞かず
8番
そのよまた かみゆきみれば
この前段で、遺体の置かれた窟に入り、イサナギが蛆がわいているイサナミの遺体を目にして、落胆して帰る部分が描かれます。この続きで「神行き」となり幽体離脱の状態だと解説されているのでした。
窟に入って幽体離脱と考えるなら、古墳の石室が窟で霊界体験でしょう。この想像が出来る様に配慮されているのでした。
この後あの世のイサナミに醜女まで使って追われる話です。
ホツマツタエ御機の五 7番目ヨモツヒラサカでの事断ち(言断ち)~生みて過ち 無きことお
10番目
ひらさかは いきたゆるまの
かきりいわ これちかえしの
ヨモツヒラサカはこの世とあの世をつなぐ道と言えて、ここに限り岩を立てたのでした。
解説では、「この限り岩は「道返しの神」といって、自由に行き来することを出来なくした、この世とあの世を隔てる岩の扉です」とされています。
この話は古事記は有名ですので、簡単に引用出来るのでした。
「千引の岩(ちびきのいわ)」は、イザナギが黄泉の国から逃げ帰る際、イザナミ(追っ手)を阻むために「黄泉比良坂(よもつひらさか)」の境界に置いた巨大な岩です。千人がかりで動かすような巨岩で、あの世(黄泉)とこの世の境界として、生と死を分ける結界の役割を果たしました。
詳細なエピソードと意味:
経緯: イザナミの亡骸を追って黄泉の国へ行ったイザナギが、約束を破り姿を見てしまったことで怒ったイザナミに追われる。
場所: 逃げ延びた境界は「黄泉比良坂(現在の島根県松江市にある伊賦夜坂といわれる)」。
決別と寿命: イザナギがこの岩で道(黄泉戸)を塞ぎ、この世とあの世の離婚が成立。
生死の確定: 「1日1000人殺す」というイザナミに対し、「1日1500人産ませる」とイザナギが返し、人の死と誕生のサイクルが定まった。
起源: この岩は、墓の起源や、日本における死生観の象徴とされる。
現在、島根県松江市には「黄泉比良坂」の伝承地があり、しめ縄が巻かれた巨岩が祀られている。
しまね観光ナビ
千引く岩は、千人殺すにもかけているでしょうが、重くて動かせない岩のことです。石舞台古墳の天上の重い岩が77トンですので、まさにこれに相当するのでした。石室を暗示しているのですが、古事記は悪魔達を喜ばせる敗戦文書です。双方の意味をかけてこの表現なのでしょう。所々にある善の側への配慮なのでした。
ホツマツタエは窟と神行きしかないでしょうが、568と571には大きな意味があるのでした。
568x2=1136
11360年前でギザの時です。西暦2012年の11360年前が、ギザの文明の始まりか、ピラミッドの作られた時にされているのでした。ギザの霊界体験館と同じだというニュアンスを持つのでした。
571x2=1142
語呂合わせの良い世にです。この意味は続きが必要でしょう。5千年前の争いの時を、限り岩を設置した年だと伝えていることになるのでした。
先史文明の科学を手放している、約5千年前の善と悪との2度の弓矢と剣の争い。
エジプトのタニスの遺跡、イラクの古代バビロンの遺跡、ボリビアのティアワナコ遺跡、日本の岡山の古墳群と大阪の難波宮は、この時期に破壊された物であると、地の声の組み込みで伝えています。
12660年前に始まった善と悪との争いですが、直接の交戦する争いが出来る様になったのは約5千年前だと思われ、ここまでは双方の陣営が地球の温暖化に対応して人口を増やして戦力を育てていた時期だったのでした。
4989年前 BC2396年
4935年前 BC2342年
日本では岡山の遺跡群が破壊され、大阪の難波宮まで破壊されていますが、その北側にあった今で言う大阪城の二重の堀の要塞を攻略することは出来なかったでしょう。おとりである難波宮を破壊して、喜んで帰っているようです。
4934304=864x5711
493344 =864x571
864は60x60x24の1日の秒数で、歳差運動の数値
234151=5711x41
23411 =571x41
41はヘブライでこれ、2桁の強調レベル
2341864=568x4123
4123は逆にすると3214で、1963214のこちらの誕生日を表せる
1596 円筒
5566 埴輪
49888058=5566x8963
8963、語呂で暴露さ、ファティマさ
ホツマツタエは4935年前を強調しており、今からだと4949年前に古墳の霊界体験館を封印したという状況を伝えているのでした。ギザ同様に封印であり、王族や貴族のお墓として処分したと思われます。良い世になることを求めた物でもあったのでした。
この後紹介する円筒埴輪にも意味が持たされており4989年前を表していたのでした。これらの数値には未来もあるので続きです。
568
2026908=568x35685
202610215
2026624
20261128
571
組込無し
1596
202692x=1596x127
127、石、起きる
20261220=1596x12695
ここの仕事として、一人用の霊界体験館を半年で作ると公表しているので、関連する物があるかを調べたのでした。結果は驚きで円筒埴輪に教えられているようなのでした。
先に前記事に書いてきた、一人用の霊界体験館の内容をまとめます。
ギザのピラミッドの岩を浮かせた技術の再現は先史文明の善と悪との争いを明確にする1
http://www.biblecode.jp/News_View.php?@DB_ID@=3226
4)あの世と話が出来るジェド柱霊界ラジオは、善と悪との勝負がついて悪魔達がおとなしくなるのを待たされる可能性がある。もう一つのあの世を知る道具としての霊界体験館は、現代の技術でも再現できるので、この再現を優先して人間が霊的な存在である部分を明確にする。ギザの仕組みを利用すると1年くらい必要かも知れないが、現代科学としての霊界体験館は超大型のヘルメット状の機械で達成出来ると考えており、目標を半年にしておきます。双方で霊界体験館を再現して、あの世の理解を深める未来になるでしょう。
霊の存在を否定して得してきた悪の側には、非常に大きな打撃になるのでした。ジェド柱霊界ラジオか霊界体験館の再現により、神をでっち上げている宗教が否定されるという流れになるのでした。キリスト教とユダヤ教とイスラム教はイエス本来の隣人愛の教えに移る事になると言えるでしょう。
4)に書いた霊界体験館については補足説明が必要なので以下が続きです。
a)小型で一人用の物を作るとして、花崗岩は1m立方で100万円前後、これを潰すために駆動する油圧をショベルカーで見ると大型で7千万円でした。従い1億円あれば1台作れそうです。もちろん始めは開発費の償却もあって10億円でしょうが、1台1億円は可能でしょう。10億円にはならないと思いますが、多少の前後はあるでしょう。もっと安く出来るか試行錯誤でしょう。
b)10分に一人の体験が出来るとして、1日で50人とする。
3千台x50人x365日=5475万人/年
3千台整備すると、日本で言うと二人に一人が年に一度体験出来る。予算は3千億円なので、財政負担は少ない。設備は普通の医療器機レベルなので世界にも広がるでしょう。
c)先史文明時代、善の側の国々は霊界体験館を整備していました。当時は王族達が利用したのかと思いますが、必須の設備でした。あの世を体験することに大きな意味があるのでしょう。
これを現代で考えると、悪魔達の宗教書という紙に書かれた神の姿が、真っ赤な嘘だとすぐに理解されるでしょう。あの世と霊を実体験出来るので、嘘に満ちた宗教書では人々を騙せなくなるのでした。悪魔達の復活もこれで、だめ出しとして無理になるのでした。
d)実際の運用面ではジェド柱霊界ラジオとの組み合わせにも大きな意味を持ちます。
霊界体験館における実体験は、いつでも使えるほどに台数が整備されるとは思えないので、一人で何度も繰り返せる物にはなりにくいのです。この点ジェド柱霊界ラジオは10万円もあれば1台作れるので、個人で所有出来るレベルになるのでした。需要次第ですが、どんどん安くなると思っています。
ここに出てくる守護霊さんと霊界体験の守護霊さんが同一視出来れば、以後の人生における導きを得やすいでしょう。ここでは地の声に導かれるという贅沢状態ですが、よく似た導きを得られる可能性を誰もが持っているのでした。
この部分はこれから経験が積み上がって、導きを求める人々のための、あの世の導きという講習までが出来る様になると思っています。使いたい人次第でしょう。思わぬ所では裁判にも、目撃証言として守護霊さんの証言を利用出来ると考えており、詐欺などに効果があるでしょう。
ギザのピラミッドの岩を浮かせた技術の再現は先史文明の善と悪との争いを明確にする イラストによる補足
http://www.biblecode.jp/News_View.php?@DB_ID@=3231
椀状石の特許を検討したことで、小型の霊界体験館をたくさん作ると、宗教にでっち上げられる神を簡単に手放せると考えています。花崗岩をヘルメット状に加工するのですが直径は1mサイズでしょう。
開発の重要課題はらせんの力を十分に安全に発生させることです。これを油圧式の装置で歪ませてから解放すると、大量のらせんの力を発生出来るのでした。なるべく小さく作りたいのですが、何か参考になる物があるかを考えた時に、日本の古墳の霊界体験館としての姿を検討することに、参考に出来る意味があるとすぐに気づけたのでした。
検討結果はここに書く必要があるほどでした。
1)有名な石舞台古墳の石室には2300トンもの岩が使われており、天上の岩は64トン、77トンだと言われているほどの巨石でした。
2)ネットで調べると、同じクラスの石室を持つ古墳は10個くらいはあるとのこと。これを調べてみると、くりぬき式の石棺が残されている物まである。
3)小型の古墳でも10~20トンの天上石が使われており、権力の誇示にされているが、霊界体験館としても機能したと思われる。
4)現時点での想像です。
a)5千年前の善と悪との争いが始まる前は、古墳の石室は霊界体験館として機能していた。そして霊界体験時に失禁することがあるので、くりぬき式の石棺が使われていたと思われる。内部が朱塗りになっている物もあるとのことで、汚れを目立たなくする目的を感じ取れる。ギザの王の間の石棺と同じ目的だったのでした。
b)5千年前に石室と石棺を閉じる必要が生まれるので、ここで埋蔵施設として使われたと思われる。その後の盗掘で石棺の破壊された物が多い気がする。
c)石舞台並みの物は全国にあると言えて、ギザの大ピラミッドのように1つではなかった。そして、建設技術を比較すると、石棺は質量制御の材料を柔らかくする技術を使っていて普通である。石室にもきれいな加工を施した大型古墳もあるので、権力者の好みでもあるだろう。
技術としてみると、大ピラミッドの王の間のようなきれいに加工してある巨石を並べるのは技術も労力も大変なので、日本の古墳は大型の石室を作りやすいように作り上げていると言える。この結果で10施設もあるのでした。
d)大型の物でなくても、霊界体験館の機能を果たせるはずであり、天上に巨石を使っている石室はその機能があったと思われる。これは100施設とかあるのではないかと思える。
e)日本人のご先祖様達は、霊界体験館の霊体験を好んでいたとしか思えない状況が、ここまでの確認から明らかです。従い日本でも3000台の一人用の霊界体験館を準備すると、多くの人が善なる生き方を選べるようになるでしょう。
調べてみて驚いたのですが、当時の人々は自分達が霊体験をしたくて大型の石室を持つ古墳を作り上げていたのでした。ギザと共通のくりぬき式の石棺がある理由は、これが大きいでしょう。石版を並べるだけでは満足出来ない理由があったのでした。
歴史的には約5千年前で霊界体験館は一時閉鎖でしょう。これをどんな形で再開するのかはこれからですが、私達のご先祖様が好んだ施設なので、再びこれを取り戻すことになるのだと思わされた所です。
半年あれば1台目を作れるでしょう。その後がどう展開するかはこれからですが、この体験が大きく広がることになりそうです。
転載ここまで
まず古墳について調べた結果を順に並べます。詳しく知らないことが多いと分かったのでした。
1)古墳の石室からホラ貝が見つかっているかどうか
AI による概要
古墳の石室からホラ貝(法螺貝)は、特に後期から終末期(6世紀〜7世紀)の横穴式石室を中心に発見されています。これは主に祭祀的な意味合いや、当時の交流の証として埋葬されたもので、貝の加工品や貴重な交易品として石室の副葬品から出土した例があります。
主な関連情報:
出土事例: 南島(沖縄・奄美周辺)から交易で運ばれたボゴウラやホラ貝は、古墳時代の貝釧(かいくしろ)や、特別な役割を持つ貝製品として、近畿地方を含む各地の古墳から発見されています。
貝の種類: 特にゴホウラ(イモガイ科の貝)などが、石室内の被葬者の周辺から発見されることが多いです。
用途: 貝自体が非常に珍しく、貴重な祭祀道具として扱われていたと考えられています。
なお、古墳そのものの形状が「ホタテ貝」に似ている「帆立貝形古墳」は、これとは別のものです(前方後円墳の一種)。
2)古墳の石室から特別な円筒型埴輪は発見されていますか
AI による概要
はい、古墳の石室(埋葬施設)やその周辺から、通常の円筒埴輪とは異なる「特別」な円筒型埴輪が発見されています。
これらは主に以下の形式が有名です。
人面付円筒埴輪
群馬県を中心に、東日本で多く発見されています。円筒埴輪の胴部に人間の顔が写実的に表現されており、被葬者の姿や、葬儀に参列した人物を表していると考えられています。
鰭付(ひれつき)円筒埴輪
円筒埴輪や朝顔形埴輪の側面に、魚の背びれのような板(鰭)が付いたものです。4世紀前半から5世紀初頭の近畿地方の有力古墳で、円筒埴輪同士をつなぐように並べられ、土塀のような役割を果たしていました。
巨大な円筒埴輪
奈良県のメスリ山古墳などからは、高さ1メートルを超えるような巨大な円筒埴輪が石室周辺やテラスから出土しています。これらは権力の大きさを表す特別な演出でした。
群馬県ホームページ
また、円筒埴輪自体が棺として使われた「埴輪円筒棺」も、珍しい形式として富田林市や伊丹市などで発見されています。
伊丹市
3)ホラ貝を鳴らし巫女が舞う神事はありますか
AI による概要
はい、ホラ貝(法螺貝)を鳴らし、巫女が舞を奉納する神事や伝統的な祭りは日本各地に存在します。
法螺貝は山伏(修験者)の法具として、邪気を払い、神仏を呼ぶ音とされており、神道の神事や山岳信仰に関連する祭りにおいて、巫女の舞とともに神聖な空間を演出するために用いられます。
具体例は以下の通りです。
水止舞(みずとめまい):神奈川県鎌倉市の甘縄神明宮などで行われる、鎌倉時代から続く雨乞いの祭り。法螺貝の合図とともに、藁をまとった男性たちが舞い、神事が進められます。
相馬妙見小高神社(福島県)の神事:正月行事などで、法螺貝が鳴り響く中、巫女によって「榊ノ舞」「弓ノ舞」「太刀ノ舞」などが奉納されます。
神火大祭(大麻比古神社・徳島県):火の祭りの中で、巫女が災難除けの舞(宇豆女舞など)を舞う際に、場を清める意味合いで法螺貝が用いられることがあります。
これらの神事では、法螺貝の轟音と巫女の荘厳な舞が組み合わさり、神仏の力を呼び寄せる強力な魔除け・祈願の儀式として現在に受け継がれています。
息栖神社さんのHPより
古く巫女とは、神楽を舞い、祈祷を行い
占いや口寄せをする役割を担うもの
古神道において、神を鎮める行為の中で、神を自らの身体に宿す「神降し」や「神憑り」の儀式を「巫(かんなぎ)」といいました。これを掌る女性が、巫女の発生と考えられています。巫女は、神託を得たり口寄せを行うほか、舞や占い、祈祷などに長けていた存在でした。日本神話における、天岩戸の前で舞ったとされる天鈿女命(あまのうずめのみこと)の故事に、巫女の原型が見られます。
中世以降、有力な神社では巫女による神楽の奉納が恒例となりました。また特定の神社に所属せず各地を祈祷して回った「歩き巫女」も多く存在したといいます。明治期になると、神職の補助的な立場で巫女を雇用する神社が出始め、現代においては神事の奉仕をしたり、神職を補佐する役割へと変化していきました。
巫女は神に仕えることから、心身ともに健康である女性とされています。息栖神社でも、ご祈祷の奉仕や授与品の頒布など、使命と誇りをもって奉仕しております。
4)中実・中空の土偶の違いについて
茅野市のHPより
作り方の違い(中実・中空)
縄文時代中期(約5000年前)に作られた「縄文のビーナス」は、粘土の塊による体、頭、両手、両足のパーツを組み立て形作った中実土偶と呼ばれる作りです。中実土偶は、焼く際に粘土に含まれる空気が膨張し割れる可能性の高い作り方です。また、総重量2.14kgの粘土の塊を高さ27cmの立像に組み立てるには熟練した技術が必要です。
縄文のビーナスレントゲン写真 縄文のビーナス レントゲン写真 イラスト参照下さい
これに対して縄文時代後期(約4000年前)に作られた「仮面の女神」は、粘土紐を輪にして積み上げて作る輪積み法を用い、全体を中空構造にしています。内部が中空となることから、空気膨張や、うまく熱が伝わる構造だと考えられます。やはり高さ34cm、総重量2.76kgの立像を中空構造で製作するには卓越した技術が必要です。
土偶(※最狭義)は、人または人型の霊的存在を、こねた土で造形表現し、素焼きで焼成している。全体的には人体を模して成形されているが、頭・胴・手・足などでは抽象的表現が非常に目立つ。しかし、乳房[28]、正中線(せいちゅうせん)[28]、妊娠時の腹部[28]、女性器[28]、臀部など、特定の部位および状態の表現は具体的なものが多い。ほとんどの土偶は女性型であるが[25]、北海道千歳市にあるウサクマイ遺跡群の縄文時代晩期層から出土した板状土偶(ばんじょうどぐう)のように、男性器の表象と考えられる突起部を股間に有するものや[29]、体型の異なる2体の土偶が同時に出土し、片方が男性と考えられるものなど[要出典]、男性型と思しき土偶も数点の発見例がある。構造については、まずは内部の空洞の有無、すなわち中空(中が空いている)か中実(中まで詰まっている)かで大別し、それぞれを「中空土偶(ちゅうくうどぐう)」「中実土偶(ちゅうじつどぐう)」と呼んでいる[26]。中空土偶は、縄文時代中期[30]に出現する。また、人体を部位別に作ってから組み立てる構造であったかもしれないものと、そうでない普通のものがあり、前者の例としては、既知で最古級の土偶である相谷土偶(滋賀県の相谷熊原遺跡から出土した土偶)を挙げることができる。
2に続く
稲生雅之
イオン・アルゲイン